2016年10月28日

〔政治家のレイシズム利用〕ケース1 和田政宗 参議院議員 第6回

 今回も宮城県選出の参議院議員、和田政宗氏の政治家レイシズムを取り上げたいと思います。


◯「行動する保守運動」の集会へのビデオメッセージ

 和田氏は2016年4月10日に仙台市宮城野区中央市民センターで行われた「テロリスト安重根の碑案内板撤去を求める国民集会!」(http://www.koudouhosyu.info/touhoku/scheduler.cgi?mode=view&no=68 )に15分ほどのビデオメッセージを送っています。
(動画はこちらから https://www.youtube.com/watch?v=DVJZJYr-vdw

 ARICではこの集会における和田氏の発言を「歴史否定」を含むレイシズムとして政治家レイシズムデータベースに記録しています。

〔抜粋〕 「「テロ」を許さないと言うことに関しましては、みなさんご存じの通り、安重根が伊藤博文公を撃ってしまったがために、朝鮮併合が進んだということは、これ紛れもない事実でございます。伊藤博文公は、「もう朝鮮半島併合してくれって言っているけれども、併合したらもう重荷になるからそんなのはやめましょう。あそこは緩衝地帯であるからロシアに対してもしっかりと対応できる。中国大陸の軍閥に対しても対応できる。だからあそこは緩衝地帯で、独立国であることが重要なんです」というふうに言っていたらですね、バーンと撃っちゃったんですね。〔中略〕すなわち、先の大東亜戦争に向かう道も、安重根が頓珍漢なことをやってしまったがために、日本がずるずる引き込まれていったという側面もありますので、こういった事実もしっかり語り継いでいかなければならないなというふうに思っております。」
(全文はこちらから http://antiracism-info.com/archives/database/126708


 この集会の主催者は「テロを許さない!東北地方保守の会」という団体であり、団体の中心人物は「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の副会長兼宮城支部長の菊地内記(@kikuchi_naiki)という人物です。

 また集会の中ではその他にも「日本女性の会 そよ風」会長の涼風由喜子や、在特会東京支部の堀切笹美、瀬戸弘幸など極右団体関係者の参加が確認されています。

 この集会で問題にされているのは宮城県栗原市の東北道若柳金成インター出入口付近にある「安重根記念碑の案内板」です。

 安重根の記念碑があるのは宮城県栗原市にある大林寺という曹洞宗系の寺院です。安重根が獄中にいた時に看守を務め安と親交を結んだ千葉十七に贈った文を刻んだ記念碑がありその記念碑の案内板が攻撃の対象になりました。

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(産経新聞 2015年5月26日)

 和田氏は2015年2月4日の参議院予算会議で東北道に設置されている記念碑の案内板について質問しています。

20161028-2.png
(河北新報2015年2月8日)

 和田氏の質疑の後、100件を越す抗議の電話が宮城県の観光課に寄せられるなど、この質疑と報道が発端となり案内板をターゲットとした極右・差別団体における撤去運動がはじまりました。集会もその運動の一つだと言えます。彼らは宮城県に質問状を出すなどの抗議活動を行っています。

 なお、村井嘉浩宮城県知事はこの案内板について「問題ではないか」という記者の問いに「そういう切り口で案内板を否定するのは日韓友好にマイナス」と撤去しない考えを示しています。(河北新報2015年6月2日)


◯批判の視角

 ヘイトスピーチを繰り返す極右・差別団体の集会に政治家がビデオメッセージを送ることは(後で見るように)欧米ならば政治家生命が絶たれるほど大きなリスクになります。そうでなくてもヘイトスピーチを繰り返す反社会的団体と関係があること自体が「不祥事」として政治家にとってマイナスの影響を持つと言えます。[1]

 このような観点からネット上でもまとめサイトが作られるなど一部で和田氏の行動への批判が見られました。(http://togetter.com/li/961826

 しかし今回の事件を政治家の「不祥事」という観点でなく「レイシズム」の問題として批判するとき、具体的にどのような点が問題であり、どのように和田氏を批判すればいいのかをはっきりさせる必要があります。後で見るように和田氏は様々な屁理屈を並べ「差別である」という批判を回避しようとします。具体的に差別の問題として今回の事件を批判し、和田氏が言い逃れできないように正面から追い詰めなければいけません。

 そこで今回は以下の3点に分けてこの事件を考えたいと思います。
@政治家が極右団体にメッセージを送ることについての問題
 (=差別団体と政治家のつながり、レイシズムの政治空間への侵入)
A和田氏のメッセージ自体の問題
 (=市民空間と政治空間を自由に横断する「歴史否定」の問題、「歴史否定」批判)
Bその後の和田氏の対応の問題
 (=政治家の差別煽動の否定と追求する側の問題)


@極右団体と政治家の関係

 今回の和田氏の事例のような極右団体と政治家のつながりは何が問題なのでしょうか。

 人種差別撤廃条約の第2条1では「締約国は、@人種差別を非難し、Aあらゆる形態の人種差別を撤廃し、すべての人種間の理解を促進する政策を、すべての適当な方法により遅滞なく、遂行する義務を負う」としており、続く(b)項において「各締約国は、いかなる個人や団体による人種差別も後援せず、擁護・支持しない義務を負う」とあります。この条文では国や行政機関が人種差別を行うことを禁止し、そのために差別団体を「後援、擁護・支持」しないことを求めています。

 また、同条約第4条では@人種的優越を説く思想・理論に基づき、人種的憎悪・差別を正当化・助長する宣伝や団体を非難する義務とA人種差別の煽動・行為を目的とする迅速で積極的な措置をとる義務を締約国に課しています。その目的を実行するために(a)項では「人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供」も法律で処罰する義務であることを締約国は宣言しなければいけません。

 他に(c)では「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」を求めています。

 最後の(c)項が求められているのは前回のブログ(http://antiracism-info.sblo.jp/article/177131044.html )でも言及した通り「一般的に国や行政が行う差別や政治家はじめとした公人によるレイシズムは、市民によるヘイトスピーチよりはるかに強力に、市民社会のレイシズムに正当性を与え、差別煽動効果を発揮する」からです。

 今回の和田氏の場合、先ほどあげた人種差別撤廃条約に照らすと政治家が極右・差別団体に対してビデオメッセージを送る行為が、「人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供」であるということができます。

 そして、政治家という公人が行うそのような「援助」自体が結果的に差別団体が行う差別行為を「後援、擁護・支持」し、差別団体の差別行為に正当性を与えることになり、差別煽動効果を強めると言えます。

 これに対し「反レイシズム」規範が存在する欧米では極右・差別団体との関係を疑われるだけで社会的な批判を集めます。

 アメリカ大統領選挙の共和党予備選挙において白人至上主義団体・KKK(クー・クラックス・クラン)の元最高幹部がドナルド・トランプ氏への支持を表明したことに対してトランプ氏が“否定しなかった”ことに社会的な非難が集まりました。このニュースで注目すべきはトランプ氏が同じ大統領候補の政治家からも多くの批判を受けたことです。当時、指名争いをしていたテッド・クルーズ上院議員は「人種差別が間違っていることや、KKKが許しがたい団体であることに異論はないはずだ」とツイート。ジョン・ケーシック・オハイオ州知事もツイッターで「米国内に憎悪団体の居場所はない」と強調しています。[2]
(「KKK元幹部が「支持」表明 トランプ氏の対応に非難集中」  http://www.cnn.co.jp/usa/35078660.html cnn_co_jp 2016年2月29日より)

 また、2014年には高市早苗総務大臣(当時)と稲田朋美自民党政調会長(当時)が日本のネオナチ団体と写真を撮っていたことが国際的な問題になりました。この時も海外メディアから極右・差別団体であるネオナチとの“関係”を詳しく追求されました。
(「内閣改造で起用の2議員、ネオナチ団体との関係を否定」 http://www.afpbb.com/articles/-/3025524 AFPBB News 2014年9月10日より)

 これらの事件は日本における“差別フリー”状況と欧米における差別が社会的に規制されている状況との違いを端的に示すものでしょう。

 一番決定的な違いは「反レイシズム」規範が存在する欧米においては(形式上)「政治空間」から差別が排除されていることです。具体的には極右・差別団体が政治家とつながることを規制しています。ドイツやベルギーでは極右政党・団体の非合法化や下部組織の規制による封じ込めなどの法的な制度や判決で極右・差別団体の「政治空間」からの締め出しを行っています。[3]

 アメリカのように極右・差別団体の結社の自由は認めていても先ほどのトランプ氏のように極右団体とのつながりが社会的な批判となり政治的なリスクになります。なので通常政治家は極右・差別団体と関係ないことを証明しないといけません。しかし、トランプ氏の場合、当初KKKの元最高幹部からの支持を否定せず、同時にはっきりとした態度を示しませんでした。最終的にトランプ氏は多くの批判を受けてKKK元最高幹部からの支持を拒否しましたが、トランプ氏はこのように「反レイシズム」規範が存在するアメリカにおいてアンチ「反レイシズム」の姿勢を見せることで「票」を集めようとしていたと言えます。[4]

 つまり「市民社会」レベルの差別が「政治空間」に入り込めないように社会的な規制がかかっており、差別が容易に「市民社会」と「政治空間」の間の壁を乗り越えることはできません。

 一方、日本においては和田氏のように政治家が極右団体と懇意にすることに対して社会的批判も全くなく、いとも簡単に「市民社会」の差別が「政治空間」に入り込むことが可能であると言えます。

 そのような意味でも和田氏が極右・差別団体にビデオメッセージを送った事実は日本における“差別フリー”状況を象徴するものだと言えます。

 次回は残りのAとBの点について和田氏の行動の問題点を考えていきたいと思います。


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[1]稲田防衛相の控訴棄却「在特会と近い」週刊誌報道:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJBC4FCNJBCPTIL00R.html
「在特会と近い関係にあるかのような記事で名誉を傷つけられたとして、稲田朋美防衛相が週刊誌「サンデー毎日」の発行元だった毎日新聞社に慰謝料など550万円と謝罪記事の掲載を求めた」とあるように反差別規範がない日本でも極右・政治団体と政治家の癒着が「不祥事」として問題化してきていることがわかります。

[2]ここで問題になっているのは政治家とレイシスト団体との関係についてですが、それと同時に他の候補が批判することは第1回ブログ(http://antiracism-info.sblo.jp/archives/20160807-1.html )でも述べたレイシズムを「ある差異の、自分の利益のため利用」として定義することと関係します。他の候補がトランプ氏を批判するのはトランプ氏が同じ大統領予備選挙の競争相手であるからだとも言えますが、裏を返せば人種差別を利用して票を集めることを規制していると言えます。つまり大統領予備選挙という「政治空間」に「人種差別」という人種差別的・保守的な支持層の票を集める手段を持ち込むことを否定しています。

[3]詳しくはエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ 表現の自由はどこまで認められるか』の第5章「結社の自由と人種差別団体規制のジレンマ」を参照。

[4]このことは彼が2016年7月23日の共和党大会において「私たちには、もはや政治的正しさ(Political Correctness)だけを言っている余裕はありません」と発言したことが大きな支持を集めたことにも象徴されます。
http://www3.nhk.or.jp/news/special/2016-presidential-election/republic3.html トランプ氏受諾演説(日本語訳全文)NHK NEWS WEBより)
(あの男が広めた流行語「PC」って何のこと?|ニューズウィーク日本版 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/01/pc.php
 これはアメリカにおける社会的規範としての「ポリティカル・コレクトネス」を狙い撃ちにして攻撃することがいわゆる“トランプ現象”において支持を集める源泉になっていることと関係があるでしょう。
posted by 反レイシズム情報センター(ARIC) at 18:16| Comment(0) | 政治家のレイシズム利用

2016年10月04日

〔政治家のレイシズム利用〕ケース1 和田政宗 参議院議員 第5回

 前回まで4回に渡って参議院議員の和田政宗氏が2013年の選挙時に対立候補である岡崎トミ子氏へのネガティブキャンペーンに使用したPVについて、それが女性差別でありレイシズムであること、「歴史否定」を含んだレイシズムであることを見てきました。

 今回からは和田氏がおこなったレイシズム煽動についてみたいと思います。

 和田氏は路上で行われるヘイトスピーチのような露骨で醜悪な言動を用いて差別を煽動することはありません。和田氏はさも論理的で整合性があるかのような丁寧な口調で差別を煽動します。

 まず、次の事例を見てください。以下の事例はレイシズムということができるでしょうか?また、レイシズムだということができるとしたらそれはどうしてでしょうか。

◯「韓国選手のゴミ捨てと浦和選手の差」

 a、具体的な発言
 和田氏は自身のブログで2016年5月4日に次のような記事を掲載しました。
http://ameblo.jp/wada-masamune/entry-12156740104.html
「韓国選手のゴミ捨てと浦和選手の差」
サッカー・アジアチャンピオンズリーグ、 韓国・浦項の選手がゴミをピッチに捨てたのに対し、浦和のGK西川選手が、ゴミを持ち帰るように注意した件。
映像を見ると韓国選手の行為は、スポーツマンシップ以前に人としてあり得ない行為だと分かる。
浦和の選手は、西川選手以外にもゴミを拾うよう指摘しているように見える。
当たり前のことを当たり前にできる浦和の選手に賛辞を贈りたい。
https://m.youtube.com/watch?v=_mn5oMc1EBk


 この記事の最後にリンクが貼られている動画は「ACL 浦和VS浦項 韓国選手、ピッチにテーピング投げ捨て (2016.5.3)」というタイトルの動画です。

 このリンクが貼られた動画の中ではどのようなことが起きているのでしょうか。

 観客席から撮影されたこの動画では、韓国のチームの選手がテーピングを投げたことに対して浦和レッズの日本人サポーターがブーイングを飛ばし、
「(韓国に)帰れ」
「八百長、韓国死ね」
「北朝鮮野郎」
などと差別的な発言をしていることが記録されています。

 また動画のコメント欄には
「韓国人死ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「韓国人選手しねしねしねしね」
 というような差別的なコメントが2400件以上連ねられています。[1]

 和田氏がリンクを貼った動画の中では明らかに韓国人選手への差別が行われています。

 このような明らかに差別が行われている動画のリンクを自身のブログ記事に貼る和田氏の行為は差別・差別煽動だということができるでしょうか?
 
 おそらく和田氏がこのブログについて質問されたならば、
「あくまでも浦和レッズの選手を褒め称えるもので差別する意図はない」
「日本人選手と韓国人選手のマナーの違いについて言及しただけだ」
と、答えるでしょう。

 しかし、動画を見れば和田氏が行ったことが、ただ韓国の選手を注意し、浦和レッズの選手を褒め称えているものではないことが分かります。和田氏がこの動画のリンクをブログ記事に貼ったことは明らかに差別を煽動していると言えます。

 以下でなぜ和田氏のブログ記事およびブログ記事に差別動画のリンクを貼るという行為が差別なのか、なぜ差別煽動だと言うことができるのか、またそれの何が問題なのかについて見ていきたいと思います。


b、ブログ記事の持つ意味

 何が差別で何が差別でないのかというモノサシ(定義)として日本も批准している人種差別撤廃条約を基準に和田氏のブログ記事について考えてみましょう。

 同条約第1条に照らして考えるとレイシズム(=人種差別)とは(ある特定の出自を持つグループに対する)「政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう」と、あります。

 ここで重要なのは「目的又は効果を有する」という部分です。人種差別撤廃条約の定義から考えると本人が差別する意図や「目的」がなくとも差別的な「効果」をもつものもレイシズムであるとされるのです。

 人種差別撤廃条約というモノサシ(定義)を基準に考えると和田氏のブログのような、一見ただ日本人選手のモラルを褒めているだけのようなブログ記事であっても差別を煽動している行為だと言えます。それはブログ記事が直接韓国人選手へのレイシズムを煽動するものでなくとも、韓国人選手へのレイシズム発言が登場する動画をリンクに貼るという「行為」であり、その様な「行為」自体がレイシズムの「効果を有する」ものとしてレイシズムだということができるのです。


 しかしそれだけではありません。このように和田氏の行為が一個人による差別であるということと別に、“政治家”がこのような差別をすること・差別を拡散し煽動するというもう一つの問題があります。

 なぜなら国や行政が行う差別や政治家はじめとした公人によるレイシズムは一般的に、市民によるレイシズムよりもはるかに強力に差別煽動効果を発揮するからです。(ARICの政治家レイシズムデータベースhttp://antiracism-info.com/database_home

 たとえば世界的に有名なジェノサイドである、ナチスのホロコースト、ルワンダのツチ族虐殺、関東大震災の朝鮮人虐殺では、どれも “政治家”や“国家”による差別煽動が決定的な役割を果たしていました。

 人種差別撤廃条約は政治家のレイシズム煽動を特に厳しく規制しています。その第4条の条文には「いかなる形態であれ、人種的憎悪・差別を正当化したり助長しようとする、あらゆる宣伝や団体を非難し」とありますが、続く(c)項を設け、「国や地方の公の当局・機関が人種差別を助長しまたは煽動することを許さない」として、「国や地方の公の当局・機関」による差別煽動を禁止しているのです。

 また、人種差別撤廃員会の2013年に発表された一般的勧告35「人種主義的ヘイトスピーチと闘う」でも「特に懸念すべき」ものとして「特に上級の公人によるものとされる発言」をあげています。
http://www.hurights.or.jp/archives/opinion/2013/11/post-9.html

 このように考えると和田氏の今回のブログ記事は差別であるだけでなく明確な差別煽動であり、今回のブログのようにその差別を拡散しようとすることは許されないでしょう。

 なお、欧米では政治家が差別と疑われるような発言をするだけで社会的な批判が市民社会の側から発せられ一種の政治問題になる状況があります。[2]つまり差別禁止法制が整備された欧米では、政治家が差別することがご法度なのは(すくなくとも建前は)当たり前で、むしろ「自分がレイシストではない」ことを常に有権者の側に証明しないといけない状況があるといえます。欧米ではむしろ今回の動画をとりあげるような場合は政治家である和田氏の方が「このような差別はいけない」と動画内の差別を非難しなければいけない立場にあります。もし差別が起きた現場に居合わせたり、差別発生を知ったりしたときは、その差別を批判しなければ政治家生命が危うくなる事態さえ普通に起きると言えます。


c、レイシズムの「見えづらさ」

 今回の和田氏のブログは明らかにレイシズムを煽動しているのに、全くと言っていいほど批判されません。確かに和田氏は直接、醜悪な言動で差別をしているわけではありません。むしろ、日本社会で「差別だ!」と言われるような露骨な差別発言はしないように気をつけているように見えます。和田氏が何の批判もなく差別を続けることができるのは、日本社会におけるレイシズムの「見えにくさ」と関連があると言えます。

 現在、路上で行われる形のヘイトスピーチは社会的に許されないものとして批判の対象となっています。しかし、和田氏のブログも同じレイシズムであるのにもかかわらず全くと言っていいほど批判されません。これがレイシズムの「見えにくさ」の一例です。

 前回のブログでも書いたように(http://antiracism-info.sblo.jp/article/176974425.html )日本には「反レイシズム」規範がありません。何が差別で何が差別でないのかというモノサシ(定義)がないことがレイシズムの「見えにくさ」につながっており、それが和田氏のような姑息な差別煽動を許していると言えます。

 今回は「反レイシズム」規範ゼロの日本におけるレイシズムの「見えにくさ」について考えました。

 次回も和田氏が行った差別事例を取り上げ考えたいと思います。


_________________________________

[1]
 浦和レッズに関してはこれまでもサポーターの差別言動が問題になってきました。
 2014年3月8日の試合において「JAPANESE ONLY」という差別的な横断幕を掲げたことに対し非難がおきていました。これに対し球団の公式サイトでサポーターを処分するなどの対応をしています。
http://www.urawa-reds.co.jp/topteamtopics/3月8日Jリーグ浦和レッズ対サ/
 また、それ以外にもサポーターによる差別的行為が繰り返されており、球団側がサポーターに呼びかけるなどして「差別撲滅宣言」を出しサポーターや選手へ注意喚起を呼びかけています。
http://www.urawa-reds.co.jp/clubinfo/差別撲滅宣言について/
 つい最近では浦和レッズのサポーターが鹿島アントラーズに所属するカイオ選手に対してTwitter上で黒人差別する書き込みをしました。この問題に対しても浦和レッズ側はサポーターと面談してカイオ選手に謝罪させるなどの対応をしています。
http://www.asahi.com/articles/ASJ6J7764J6JUTQP02H.html


[2] 和田氏との比較のために「反レイシズム」規範のある海外における政治家とサッカーとレイシズムの事案を紹介します。ドイツの右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の副党首であるアレクサンダー・ガウラント氏がサッカードイツ代表で、ガーナにルーツを持つジェローム・ボアテング氏に対して「ボアテングがいいサッカー選手なのはみんな知っているが、誰も彼の隣で暮らしたいとは思わない」と発言したことに対して人種差別であると非難が集まっていました。この件についてAfD は2016年5月29日に謝罪を行いました。(「独右派政党幹部が人種差別か、ボアテングを『隣人にしたくない』AFPBB News http://www.afpbb.com/articles/-/3088744
 このように海外においては政治家が差別発言をしたことに対して政治家側が「レイシストではない」ことを表明しないといけないのです。
 また、同時に重要なのは発言した本人は発言を否定しているのにもかかわらず政党が謝罪を行ったということです。それだけドイツ社会における反レイシズム規範が強く、いくら本人が「差別ではない」と弁明しても社会的な規範としてそれを許さないということがわかるでしょう。


posted by 反レイシズム情報センター(ARIC) at 12:14| Comment(0) | 政治家のレイシズム利用

2016年09月22日

〔政治家のレイシズム利用〕ケース1 和田政宗 参議院議員 第4回

 前回までは参議院議員の和田政宗氏が2013年の選挙時に対立候補である岡崎トミ子氏へのネガティブキャンペーンに使用したPVについて、それが女性差別でありレイシズムであること、「歴史否定」を含んだレイシズムであることを見てきました。

 ところでなぜ反レイシズムにとって「歴史否定」が問題となるのでしょうか。今回はレイシズムと「歴史否定」の関係について掘り下げて考えたいと思います。


◯「歴史否定」とは

 「歴史否定」とは前回のブログでも触れたように、ナチスによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)など、近代国家による奴隷制・植民地支配・侵略戦争・ジェノサイドなどの、特に深刻な人権侵害を伴った歴史を否定・歪曲・美化する行為・思想のことを指します。例えばナチスのホロコーストのようなジェノサイドの歴史について、@「露骨に是認したり、賛美したり、正当化」A「過小化ないし極小化」B「露骨に否定」することを指します(ブライシュ『ヘイトスピーチ』を参考にしました)。

 日本においては「南京大虐殺」や「朝鮮人強制連行」、日本軍「慰安婦」制度などの過去の植民地支配や戦争において日本という国が行った深刻な人権侵害の歴史を@「露骨に是認したり、賛美したり、正当化」(「大東亜戦争はアジアを解放した」など)A「過小化ないし極小化」(「「慰安婦」は売春婦だった」など)B「露骨に否定」(「南京大虐殺はなかった」など)することが「歴史否定」にあたると言えます。


◯なぜ「歴史否定」が問題なのか〜レイシズムとの関係〜

 なぜ反レイシズムにとって「歴史否定」が問題なのでしょうか。それは欧米の例を見るように「歴史否定」が大抵の場合、レイシズムを煽動する効果を持つからです。[1]実際にドイツを中心とした欧州ではいわゆるホロコーストを否定するいわゆる「アウシュビッツの嘘」が法規制の対象となっています。

 また、日本では「歴史否定」が、政治家が社会のレイシズムを煽りたてる、いわば「上からの差別煽動」の回路において、極めて重要な役割を果たしています。前回も触れたとおり日本の「歴史否定」は90年代後半から政治家による日本軍「慰安婦」被害者への攻撃やそれに伴う歴史教科書への介入によって進められてきました。それ以降、(これまでブログで触れてきた和田政宗氏のように)「歴史否定」を含むレイシズムによって有権者の支持と票を集める政治家が台頭しつつあります。

 いまのヘイトスピーチ頻発を引き起した要因として、政治家による歴史否定を通じた「上からの差別煽動」効果は、決して無視できるものではありません。


◯戦後補償問題と「反歴史否定規範」

 「歴史否定」を社会的に規制する「反歴史否定」の社会的規範の形成は戦後補償問題と密接な関係にあります。

 戦後補償問題の「解決」には、一般的に@真相究明、A法的責任の認定(違法性の認定)、B法的責任の履行(刑事では責任者処罰・公的規範形成、民事では被害者個々人への謝罪・賠償を含む人権回復)、C再発防止策(歴史研究・教育やヘイトスピーチ規制など)が必須となります。

 欧州では不十分ながらナチ不法については上の@からCについて一定の成果が勝ち取られ、反レイシズムだけでなく反歴史否定規範も形成されているといえます。

 たとえば前回も触れたドイツの「過去の克服」と呼ばれるナチ不法に対する対処やフランスの「ゲソ法」などがその例です。つまり人種差別だけにとどまらず歴史否定も禁止する法律があります。なかでもドイツではA法的責任の認定が重要視されており、戦後から現在に至るまでナチ犯罪の訴追が行われており、近年でも90歳を超す元親衛隊が訴追されています。[2]その中で「ナチ犯罪追求のための州司法行政中央本部」が1958年に設立され、法的責任を追求する中で政府による@真相究明が進められました。

 これらの法的な制度や政府の取り組みと同時に、この制度や取り組みを草の根で支え、作り出してきた社会運動がドイツにおいて「反歴史否定」規範を形成してきました。

 一方、日本においては前回のブログでも取りあげたように元日本軍「慰安婦」制度の問題が1990年代に戦後補償問題として市民運動によって進められました。この問題が90年代になって出てきたのは、日本国内で国民規模で戦争犯罪を追及するなどの反歴史否定規範形成の力が高まったからではなく、90年代に韓国やアジア諸国の民主化により被害者が声を上げ始めたからでした。

 その運動の中で元「慰安婦」被害者が日本政府を相手取り、法的責任と賠償を求める裁判闘争が行われました。残念ながら裁判自体には敗訴したけれども、強制連行や「慰安所」での自由を奪われた状態でたび重なる性暴力を受けたという被害の事実を、国(裁判所)も認めざるを得ず、無数の貴重な事実認定がなされました。また良心的な歴史学者による調査の結果、河野談話発表後も日本軍「慰安婦」制度について資料が続々と発見されており、歴史的な検証は進んでいます。[3]

 しかし、裁判闘争において日本政府は法的な責任を最後まで認めておらず、1994年から始まったアジア女性基金も「道義的責任」しか認めていません。歴史的事実における真相究明も現在に至るまで公的な記憶として政府が認定しているのは1993年に出された河野談話作成時における調査結果だけです。

 このように90年代から始まった戦後補償運動は裁判における事実認定や歴史家の努力によって一定の成果を上げたと言えるかもしれません。しかし、戦後補償問題の解決・「反歴史否定」規範を作る上で重要なA法的責任の認定も、そしてその大前提となる@真相究明に関しても日本政府は頑なに拒んでいます。

 先ほども述べたように歴史的事実の解明は研究者の中では進められているのにもかかわらず政府が事実を公的なものとして認定していません。このことは日本で「反歴史否定」規範をつくりあげるうえで決定的なマイナスであり続けています。つまり日本には歴史否定と闘おうにも、「反歴史否定」規範として依拠するものが何もないばかりか、そもそも何が「歴史否定」であるか否かを判断する際の公的な基準さえ、(東京裁判などを除き)ほとんど見当たらないわけです。欧州とは異なり、一から規範を作ることはそれだけ難しいと言えます。[4]


◯「反レイシズム」と「反歴史否定」の形成

 そして、同時に普遍的な差別禁止法という「反レイシズム」規範も日本にはありません。

 だからこそ、和田政宗氏のような極右政治家がなんの苦労もなく差別を煽動し、票を集めることができるのです。

  しかし、現在路上で起きているヘイトスピーチに関しては多くの反対の声が上がっています。これはヘイトスピーチの根幹にあるレイシズムが(「反レイシズム」規範も「反歴史否定」規範もない日本社会に生きる普通の人からしても)見るに堪えない醜悪な形で噴出しているためです。反ヘイトスピーチの声は、ただ醜悪なだけでなく、日本のレイシズムが直接的な暴力に発展しつつあり、社会を壊すのではないかという危機感から上がってきたものだと言えます。[5]

 この中で「反レイシズム」規範をつくることは急務です。

 この課題は困難であるとはいえ、「反歴史否定」規範をつくる課題に比べればおそらくはるかに容易でしょう。なぜなら日本政府も締結している人種差別撤廃条約の、「@(人種や民族という)ある特定の出自を持つグループへのA不平等は許されない」というモノサシ(定義)を基準にした、人種差別禁止法作る方向に向けて、各個人・団体が努力してゆけばよいからです。

 そのためには人種差別撤廃条約の差別の定義とそれに該当する典型的な事例の積み重ねにより、普遍的な人権問題として何が差別で何が差別でないかという規範を社会の側から先行して形成していく必要があるでしょう。

 ARICが行う「政治家レイシズムデータベース」の取り組みも政治家のレイシズムを収集することで「反レイシズム」規範を作っていく戦略の一つです。

 一方、「反歴史否定」規範はどうでしょうか。

 これまでは日本で「歴史否定」ついておかしいと声を上げることは困難でした。なぜならば先ほども言及したように「反歴史否定」規範の拠り所とするものがゼロの日本では「この歴史否定はおかしい」と言うための基準が全くないからです。その中で「歴史否定」に対抗するには実際に否定論者の主張を批判できるくらいに日本の植民地支配や侵略戦争の歴史に関する基本的事項を知る必要があります。「歴史否定」については「歴史について知らないけどもその歴史は間違っている」とは言えません。レイシズムのように直感的に「おかしい」と言うことができないところに困難があると言えます。これらが「反歴史否定」規範を形成する上で日本では大きな足枷になってきました。日本軍「慰安婦」問題など日本近現代史のアジア侵略の歴史がほとんど知られおらず、またきちんと学ぼうとする人もごく一部だからです。


 では、どうしたらよいのでしょうか? カギは反ヘイトスピーチという萌芽的に形成されはじめた「反レイシズム」規範にあります。

 これまでブログで3回に渡り取り上げてきた和田氏のPVは「歴史否定」であると同時にレイシズムでした。

 和田氏のような差別事例では確かに「歴史否定」の側面も含みますが、なによりもレイシズムです。だから和田氏の事例では、じつは日本軍「慰安婦」制度についての知識が何一つ無くても、その気があれば(何が差別で何がそうでないかを判断する勇気を持とうとする人であれば)「レイシズム/セクシズムであるからおかしい」と批判することができます。
 
 つまり「反レイシズム」という規範(言い換えれば「@(人種や民族という)ある特定の出自を持つグループへのA不平等」であるから許されないという規範)をつくる運動を進めていく中でレイシズムだけで無く、レイシズムを煽動する「歴史否定」についても「レイシズムであるからおかしい」という形で規範をつくることが可能です。このように反レイシズム規範は「歴史否定」規範をつくる足がかりになります。

 具体的には「反レイシズム」規範が形成されるとレイシストや極右政治家に対して「差別である」と批判し処罰を求めることが可能になります。同様に「歴史否定」を含むレイシズムも「反レイシズム」規範を基礎に批判することが可能になります。

 ここに90年代からの戦後補償実現要求運動が当時獲得困難だった「反歴史否定」規範を形成する契機があると言えます(アジア侵略の歴史に関しての真相究明作業を、日本政府に実施させる道筋をつけさせ、真相究明⇒法的責任につなげる運動が重要であることは言うまでもなく、その意義を否定するものではありません)。

 日本には残念ながら「反レイシズム」と「反歴史否定」の「戦線」は分裂せざるを得ない状況があります。しかし「反レイシズム」規範の形成にとりくむことで、直接取り組むことが困難な「反歴史否定」規範を形成するための土台を築きあげ、両方の規範をつくる運動を進めていくことができる状況が生まれつつあると考えられます。


 次回からは政治家の「上からの差別煽動」に焦点を当て、再度、和田氏のこれまでの差別発言を検討したいと思います。

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[1]
この点はARICの政治家レイシズムデータベースでも言及しています。
http://antiracism-info.com/database_home

[2]
93歳の元ナチス親衛隊員、大量虐殺の共犯で起訴:ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
http://on.wsj.com/1o1XUJJ

[3]
河野談話発表後、500点以上の資料が発見があったことが確認されている。
「河野官房長官談話後に発見された日本軍「慰安婦」関連公文書等の公開について」
http://wam-peace.org/koubunsho/

[4]
ここでは現在における「反歴史否定」規範についてのドイツと日本の比較を行いましたが実際にはその形成過程、なぜいかにして違うのかということも考慮して比較する必要があります。石田勇治は『20世紀ドイツ史』(白水社、2005年)の中で(1)国内要因(2)国際要因(3)抵抗運動と亡命者(4)戦争体験の4つの視点から分析しており、それぞれ(1)旧体制や価値観に対する公的な認識(2)侵略国との和解・地域安全保障の有無(3)旧体制に抵抗した政治家・知識人の存在(4)国民の植民地支配や戦争に対する被害・加害意識を違いとしてあげています。

[5]
既にヘイトスピーチが暴力につながる事例が確認されています。
【動画】維新政党・新風の街宣で参加者が抗議の男性に暴行[神奈川新聞 2016.3.21]
http://www.kanaloco.jp/article/160755


posted by 反レイシズム情報センター(ARIC) at 10:32| Comment(0) | 政治家のレイシズム利用