2016年09月22日

〔政治家のレイシズム利用〕ケース1 和田政宗 参議院議員 第4回

 前回までは参議院議員の和田政宗氏が2013年の選挙時に対立候補である岡崎トミ子氏へのネガティブキャンペーンに使用したPVについて、それが女性差別でありレイシズムであること、「歴史否定」を含んだレイシズムであることを見てきました。

 ところでなぜ反レイシズムにとって「歴史否定」が問題となるのでしょうか。今回はレイシズムと「歴史否定」の関係について掘り下げて考えたいと思います。


◯「歴史否定」とは

 「歴史否定」とは前回のブログでも触れたように、ナチスによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)など、近代国家による奴隷制・植民地支配・侵略戦争・ジェノサイドなどの、特に深刻な人権侵害を伴った歴史を否定・歪曲・美化する行為・思想のことを指します。例えばナチスのホロコーストのようなジェノサイドの歴史について、@「露骨に是認したり、賛美したり、正当化」A「過小化ないし極小化」B「露骨に否定」することを指します(ブライシュ『ヘイトスピーチ』を参考にしました)。

 日本においては「南京大虐殺」や「朝鮮人強制連行」、日本軍「慰安婦」制度などの過去の植民地支配や戦争において日本という国が行った深刻な人権侵害の歴史を@「露骨に是認したり、賛美したり、正当化」(「大東亜戦争はアジアを解放した」など)A「過小化ないし極小化」(「「慰安婦」は売春婦だった」など)B「露骨に否定」(「南京大虐殺はなかった」など)することが「歴史否定」にあたると言えます。


◯なぜ「歴史否定」が問題なのか〜レイシズムとの関係〜

 なぜ反レイシズムにとって「歴史否定」が問題なのでしょうか。それは欧米の例を見るように「歴史否定」が大抵の場合、レイシズムを煽動する効果を持つからです。[1]実際にドイツを中心とした欧州ではいわゆるホロコーストを否定するいわゆる「アウシュビッツの嘘」が法規制の対象となっています。

 また、日本では「歴史否定」が、政治家が社会のレイシズムを煽りたてる、いわば「上からの差別煽動」の回路において、極めて重要な役割を果たしています。前回も触れたとおり日本の「歴史否定」は90年代後半から政治家による日本軍「慰安婦」被害者への攻撃やそれに伴う歴史教科書への介入によって進められてきました。それ以降、(これまでブログで触れてきた和田政宗氏のように)「歴史否定」を含むレイシズムによって有権者の支持と票を集める政治家が台頭しつつあります。

 いまのヘイトスピーチ頻発を引き起した要因として、政治家による歴史否定を通じた「上からの差別煽動」効果は、決して無視できるものではありません。


◯戦後補償問題と「反歴史否定規範」

 「歴史否定」を社会的に規制する「反歴史否定」の社会的規範の形成は戦後補償問題と密接な関係にあります。

 戦後補償問題の「解決」には、一般的に@真相究明、A法的責任の認定(違法性の認定)、B法的責任の履行(刑事では責任者処罰・公的規範形成、民事では被害者個々人への謝罪・賠償を含む人権回復)、C再発防止策(歴史研究・教育やヘイトスピーチ規制など)が必須となります。

 欧州では不十分ながらナチ不法については上の@からCについて一定の成果が勝ち取られ、反レイシズムだけでなく反歴史否定規範も形成されているといえます。

 たとえば前回も触れたドイツの「過去の克服」と呼ばれるナチ不法に対する対処やフランスの「ゲソ法」などがその例です。つまり人種差別だけにとどまらず歴史否定も禁止する法律があります。なかでもドイツではA法的責任の認定が重要視されており、戦後から現在に至るまでナチ犯罪の訴追が行われており、近年でも90歳を超す元親衛隊が訴追されています。[2]その中で「ナチ犯罪追求のための州司法行政中央本部」が1958年に設立され、法的責任を追求する中で政府による@真相究明が進められました。

 これらの法的な制度や政府の取り組みと同時に、この制度や取り組みを草の根で支え、作り出してきた社会運動がドイツにおいて「反歴史否定」規範を形成してきました。

 一方、日本においては前回のブログでも取りあげたように元日本軍「慰安婦」制度の問題が1990年代に戦後補償問題として市民運動によって進められました。この問題が90年代になって出てきたのは、日本国内で国民規模で戦争犯罪を追及するなどの反歴史否定規範形成の力が高まったからではなく、90年代に韓国やアジア諸国の民主化により被害者が声を上げ始めたからでした。

 その運動の中で元「慰安婦」被害者が日本政府を相手取り、法的責任と賠償を求める裁判闘争が行われました。残念ながら裁判自体には敗訴したけれども、強制連行や「慰安所」での自由を奪われた状態でたび重なる性暴力を受けたという被害の事実を、国(裁判所)も認めざるを得ず、無数の貴重な事実認定がなされました。また良心的な歴史学者による調査の結果、河野談話発表後も日本軍「慰安婦」制度について資料が続々と発見されており、歴史的な検証は進んでいます。[3]

 しかし、裁判闘争において日本政府は法的な責任を最後まで認めておらず、1994年から始まったアジア女性基金も「道義的責任」しか認めていません。歴史的事実における真相究明も現在に至るまで公的な記憶として政府が認定しているのは1993年に出された河野談話作成時における調査結果だけです。

 このように90年代から始まった戦後補償運動は裁判における事実認定や歴史家の努力によって一定の成果を上げたと言えるかもしれません。しかし、戦後補償問題の解決・「反歴史否定」規範を作る上で重要なA法的責任の認定も、そしてその大前提となる@真相究明に関しても日本政府は頑なに拒んでいます。

 先ほども述べたように歴史的事実の解明は研究者の中では進められているのにもかかわらず政府が事実を公的なものとして認定していません。このことは日本で「反歴史否定」規範をつくりあげるうえで決定的なマイナスであり続けています。つまり日本には歴史否定と闘おうにも、「反歴史否定」規範として依拠するものが何もないばかりか、そもそも何が「歴史否定」であるか否かを判断する際の公的な基準さえ、(東京裁判などを除き)ほとんど見当たらないわけです。欧州とは異なり、一から規範を作ることはそれだけ難しいと言えます。[4]


◯「反レイシズム」と「反歴史否定」の形成

 そして、同時に普遍的な差別禁止法という「反レイシズム」規範も日本にはありません。

 だからこそ、和田政宗氏のような極右政治家がなんの苦労もなく差別を煽動し、票を集めることができるのです。

  しかし、現在路上で起きているヘイトスピーチに関しては多くの反対の声が上がっています。これはヘイトスピーチの根幹にあるレイシズムが(「反レイシズム」規範も「反歴史否定」規範もない日本社会に生きる普通の人からしても)見るに堪えない醜悪な形で噴出しているためです。反ヘイトスピーチの声は、ただ醜悪なだけでなく、日本のレイシズムが直接的な暴力に発展しつつあり、社会を壊すのではないかという危機感から上がってきたものだと言えます。[5]

 この中で「反レイシズム」規範をつくることは急務です。

 この課題は困難であるとはいえ、「反歴史否定」規範をつくる課題に比べればおそらくはるかに容易でしょう。なぜなら日本政府も締結している人種差別撤廃条約の、「@(人種や民族という)ある特定の出自を持つグループへのA不平等は許されない」というモノサシ(定義)を基準にした、人種差別禁止法作る方向に向けて、各個人・団体が努力してゆけばよいからです。

 そのためには人種差別撤廃条約の差別の定義とそれに該当する典型的な事例の積み重ねにより、普遍的な人権問題として何が差別で何が差別でないかという規範を社会の側から先行して形成していく必要があるでしょう。

 ARICが行う「政治家レイシズムデータベース」の取り組みも政治家のレイシズムを収集することで「反レイシズム」規範を作っていく戦略の一つです。

 一方、「反歴史否定」規範はどうでしょうか。

 これまでは日本で「歴史否定」ついておかしいと声を上げることは困難でした。なぜならば先ほども言及したように「反歴史否定」規範の拠り所とするものがゼロの日本では「この歴史否定はおかしい」と言うための基準が全くないからです。その中で「歴史否定」に対抗するには実際に否定論者の主張を批判できるくらいに日本の植民地支配や侵略戦争の歴史に関する基本的事項を知る必要があります。「歴史否定」については「歴史について知らないけどもその歴史は間違っている」とは言えません。レイシズムのように直感的に「おかしい」と言うことができないところに困難があると言えます。これらが「反歴史否定」規範を形成する上で日本では大きな足枷になってきました。日本軍「慰安婦」問題など日本近現代史のアジア侵略の歴史がほとんど知られおらず、またきちんと学ぼうとする人もごく一部だからです。


 では、どうしたらよいのでしょうか? カギは反ヘイトスピーチという萌芽的に形成されはじめた「反レイシズム」規範にあります。

 これまでブログで3回に渡り取り上げてきた和田氏のPVは「歴史否定」であると同時にレイシズムでした。

 和田氏のような差別事例では確かに「歴史否定」の側面も含みますが、なによりもレイシズムです。だから和田氏の事例では、じつは日本軍「慰安婦」制度についての知識が何一つ無くても、その気があれば(何が差別で何がそうでないかを判断する勇気を持とうとする人であれば)「レイシズム/セクシズムであるからおかしい」と批判することができます。
 
 つまり「反レイシズム」という規範(言い換えれば「@(人種や民族という)ある特定の出自を持つグループへのA不平等」であるから許されないという規範)をつくる運動を進めていく中でレイシズムだけで無く、レイシズムを煽動する「歴史否定」についても「レイシズムであるからおかしい」という形で規範をつくることが可能です。このように反レイシズム規範は「歴史否定」規範をつくる足がかりになります。

 具体的には「反レイシズム」規範が形成されるとレイシストや極右政治家に対して「差別である」と批判し処罰を求めることが可能になります。同様に「歴史否定」を含むレイシズムも「反レイシズム」規範を基礎に批判することが可能になります。

 ここに90年代からの戦後補償実現要求運動が当時獲得困難だった「反歴史否定」規範を形成する契機があると言えます(アジア侵略の歴史に関しての真相究明作業を、日本政府に実施させる道筋をつけさせ、真相究明⇒法的責任につなげる運動が重要であることは言うまでもなく、その意義を否定するものではありません)。

 日本には残念ながら「反レイシズム」と「反歴史否定」の「戦線」は分裂せざるを得ない状況があります。しかし「反レイシズム」規範の形成にとりくむことで、直接取り組むことが困難な「反歴史否定」規範を形成するための土台を築きあげ、両方の規範をつくる運動を進めていくことができる状況が生まれつつあると考えられます。


 次回からは政治家の「上からの差別煽動」に焦点を当て、再度、和田氏のこれまでの差別発言を検討したいと思います。

_________________________________

[1]
この点はARICの政治家レイシズムデータベースでも言及しています。
http://antiracism-info.com/database_home

[2]
93歳の元ナチス親衛隊員、大量虐殺の共犯で起訴:ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
http://on.wsj.com/1o1XUJJ

[3]
河野談話発表後、500点以上の資料が発見があったことが確認されている。
「河野官房長官談話後に発見された日本軍「慰安婦」関連公文書等の公開について」
http://wam-peace.org/koubunsho/

[4]
ここでは現在における「反歴史否定」規範についてのドイツと日本の比較を行いましたが実際にはその形成過程、なぜいかにして違うのかということも考慮して比較する必要があります。石田勇治は『20世紀ドイツ史』(白水社、2005年)の中で(1)国内要因(2)国際要因(3)抵抗運動と亡命者(4)戦争体験の4つの視点から分析しており、それぞれ(1)旧体制や価値観に対する公的な認識(2)侵略国との和解・地域安全保障の有無(3)旧体制に抵抗した政治家・知識人の存在(4)国民の植民地支配や戦争に対する被害・加害意識を違いとしてあげています。

[5]
既にヘイトスピーチが暴力につながる事例が確認されています。
【動画】維新政党・新風の街宣で参加者が抗議の男性に暴行[神奈川新聞 2016.3.21]
http://www.kanaloco.jp/article/160755


posted by 反レイシズム情報センター(ARIC) at 10:32| Comment(0) | 政治家のレイシズム利用
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