2016年07月28日

相模原障がい者殺傷事件をヘイトクライムと考えることの意義

・事件概要

 2016年7月26日(火)、午前2時半過ぎ、相模原市緑区の障がい者施設に刃物を持った男性が侵入し、45人を殺傷、内19人が死亡するという事件が起こりました。この事件の犯人だと出頭した植松聖容疑者(26歳)は、施設で2月まで働いていた元職員で、「障がい者がいなくなればいいと思った」と発言していました。

 その後、植松容疑者が犯行直後にツイッターに「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」(https://twitter.com/tenka333 )と書き込んでいたことや、施設を退職したのは「障がい者を殺すという趣旨の言動をする」など「突然、障がい者を差別するようになっ」ていたためだったこと(http://www.jiji.com/jc/article?k=2016072600690&g=soc )、2月14日・15日に衆議院議長あてに今回の犯行を予告する手紙を届けていたこと(全文 http://mainichi.jp/articles/20160727/k00/00m/040/020000c )が報道されています。

 この手紙には、「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。重複障害者に対する命のあり方は未(いま)だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。」などと書かれ、具体的な犯行方法までもが書かれていました。


・障がい者差別にもとづくヘイトクライムである

 この事件について、報道では「無差別大量殺人」といわれ、過去のそうした事件との対比が紹介されている記事もあります。しかし、この事件は断じて、「無差別」ではありません。

 この事件は、近年の日本で最悪の障がい者差別に基づく事件であり、最悪のヘイトクライムであるといえます。そして、この「差別」の問題について日本社会が真剣に取り組むことなしに、今回のような事件の再発防止はできないといえるでしょう。

 ヘイトクライムとは、人種・民族や性・障がいなど社会的集団への差別的動機に基づく暴力や差別を伴った暴力のことをいい、憎悪犯罪と訳されます(前田朗『増補新版ヘイトクライム』)。

 レイシズム(人種・民族差別)に引きつけて言えば、日本も批准している人種差別撤廃条約の第4条では、人種・民族差別にもとづく憎悪犯罪について、とくに刑事規制することを求めています。

 植松容疑者が障がい者を差別していたこと、その差別的動機から多くの障がい者を殺害するという犯行に及んだことは、現在までの報道から十分に推察されると思います。「障がい者は不幸をつくることしかできない」「日本国、全人類の為に」などとして45人もの方々を殺傷した今回の事件は、障がい者差別にもとづくヘイトクライムであると考えなければならないのです。


・障がい者差別と闘ってこなかった日本政府

 障がい者に対する差別は今も日本に根深く存在します。7月27日に公表された調査報告では、2015年度に差別や虐待を受けた障害者は970人に達したとされています(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160727/k10010610811000.html )。しかし、これまでの日本社会・政府は、障害者差別をなくすための政策をほとんどとってこなかったといえるでしょう。

 障がい者差別について政府が重い腰を上げたのは、ようやく2011年の障害者虐待防止法と2013年の障害者差別解消法の制定からといえるでしょう。しかし、障害者差別解消法も、その内容は行政機関と事業者による障がい者の差別的取り扱いの禁止のみにかかるものであり、障がい者差別全体を取り締まってなくしていくという効果を少なくとも直接には持ちえません(http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html )。

 日本政府と日本社会が、差別をこれまで野放しにしてきてしまっていたことが、今回の凶行を実行に移すことを許してしまいました。あの手紙は、あからさまに障がい者差別を行い抹殺を計画することが、日本では許されていたことを如実に示しています(しかもそれを衆議院議長や警察に犯人自ら周知することさえ自由で何のお咎めもないことも示されました)。そして、手紙の通りの障がい者へのヘイトクライムが、現実のものとなってしまいました。

 (*現在、マスコミはこの手紙や植松容疑者の思想をなんの断りもなく流し続けています。しかし、これらは障がい者差別であり、間違っているということを指摘せずに垂れ流すことは、障がい者差別の拡散と扇動になりかねません。報道するのであれば、その思想がどういう基準で差別煽動に当たるのかを必ず書いて報道するなど、報道の仕方を改めるべきです。)


・障害者差別とレイシズム(人種・民族差別)には深い関係がある

 障がい者差別が、今回の事件のように、障がい者を抹殺するというあまりにも凶悪なヘイトクライムに至るには、レイシズムとの深い関連が存在します。

 思想・世界観としてのレイシズム(人種・民族差別に伴う人種主義)は生物学的発想を伴います。つまりレイシズムは人間を、「ヒト」=人口という生物学的な集団としての「種」ととらえます。そのうえでレイシズムは同じ「ヒト」=人口という種を、「優れた種」「劣った種」などいう下位の「種」=人口に切り分けるのです。これが@人種・民族的集団(と思われてしまう人を含む)へのA不平等というレイシズム(民族差別)と深く結びついているのです。

 さて、障がい者差別は、レイシズムとどのような関係があるのでしょうか。血(レイス)にあらゆる差異を結びつけるこのレイシズムは、障がい者差別を途方もなく強化することができます。つまり、「障がい者は人口を危機にさらすから「悪い血」を残してはいけない」「障がい者は(人口を養う)金がかかるから殺すべきだ」という、口にするのもはばかられる論理が生まれます。優生学の論理です。

 これを国家を通じて実行したのがナチス・ドイツによる600万人ともいわれるユダヤ人虐殺であり、そのホロコーストの時代、障がい者は真っ先に強制収容所に送られ、殺されました。

 それから1世紀が過ぎようかという今、植松容疑者は、あのナチス・ドイツと同じように、「愛する日本国、全人類の為に」と称して45人の方々の殺傷を実行し、「後悔も反省もしていない」と笑ったと報道されています。その彼が自らのヘイトクライム(ジェノサイドと言ってよいでしょう)を正当化する強力な論拠こそ、生物学的発想に基づいたレイシズムなのです。


・障がい者差別と障がい者差別を正当化するレイシズムを法律で禁止すべき

 国際社会では、このレイシズムをなくさなければ社会が破壊されていくとの問題意識から、1965年、人種差別撤廃条約が作られました(発効は69年)。国際社会は、今回日本で起きてしまったような事件を未然に防ぐために、レイシズムや(今でいう)ヘイトクライムと闘わなければならないことを各国家の義務としたのです。

 条約は人種差別を防ぐために、具体的にはその締約国に対して、人種差別を禁止して取り締まり、防止し、是正するための措置をとっていくことを義務付けています。そして、日本以外の現在176か国の締約国は、程度の差はあれ、これを履行して人種・民族差別禁止の国内法を作り、刑法で人種・民族差別を取り締まっています。

 しかし、日本は1995年に同条約を批准しながら、長年にわたって一切の国内法を作ってきませんでした。このことについて、何度も国連の人種差別撤廃委員会から是正勧告を受けてきましたが、とりあってきませんでした。日本政府は、障がい者差別に対してだけでなく、人種・民族差別に対しても、実効的な対策をほとんどとってこなかったのです。(今年5月にようやく成立した「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」は、近年の反ヘイトスピーチの世論が成立させたという意味では画期的でした。しかし同法は対象を@ヘイトスピーチに限定し、しかもA「本邦外出身」へのヘイトに限定しているため、あまりに不十分です。根本問題は民族差別そのもの(労働・居住・公共空間での等)を法律で禁止する、という半世紀前に欧米で闘い取られた民族差別禁止法がゼロだということです。さらに同法じたいが差別を抱えており人種差別撤廃条約に違反しているという、先進国的に見ても極めて深刻な問題を抱えています。B「適法に居住する者」という文言で非正規滞在者への差別を持ち込んでいるからです。声明:http://antiracism-info.com/archives/782

 日本政府が欧米先進諸国のように、もっと早くレイシズムや障がい者差別を禁止していれば、そして禁止法をアップデートさせ、障がい・性・人種・民族などへの差別に基づいたヘイトクライムやジェノサイドを未然に防止する政策をつくっていれば、と思わざるを得ません。「もし」の話になりますが、その場合、遅くとも手紙が届けられた時点で、これを障害者への差別犯罪として取り締まり、今回の殺傷事件を未然に防ぐ、ということができたのではないでしょうか。この事件を防ぐことができなかった政府の責任は重大だと言わざるを得ません。

 また、日本政府がこれまでレイシズムや障がい者差別を禁止してこなかったことは、政治家や街頭でヘイトスピーチが日本中どこでもまかり通ることを許してきました。ヘイトスピーチは、さらなる人種差別を扇動する効果を持ちます。政治家によるレイシズム発言を放置してきたことが(例えば、1997年、石原慎太郎(元東京都知事)「ああいう人ってのは人格あるのかね」http://antiracism-info.com/archives/database/123877 、2009年、桜井誠(現在、東京都知事選立候補者)「お前みたいなのは殺す価値もないんだよ。生きてる価値もないんだよ、資格もないんだよ。」https://www.youtube.com/watch?v=wTUWJQrPuHc )、前述のレイシズムや障がい者差別を強力に正当化し煽動し続けたといえるでしょう。また街頭のヘイトスピーチを放置してきたことも同様です。

 今回のような事件を二度と繰り返させないためには、何よりも日本社会で障がい者差別とレイシズムを定義し、禁止し、刑法で取り締まることがまず何よりも必要です。

 政府には、人種差別撤廃条約が義務付ける反レイシズム法制(人種差別禁止法)を速やかに整備することを求めます。


(*政治家レイシズムについては、ARICで「政治家レイシズムデータベース」を作成しています(http://antiracism-info.com/database_home )。政治家や大学教授など、権威のある人がレイシズムを行うとき、それは特に強い差別扇動効果を持ってしまいます。政治家レイシズムを発見した場合は、ぜひARICの問い合わせフォームhttp://antiracism-info.com/contact 、またはツイッターハッシュタグ(#政治家レイシズム)へご通報をお願いします。)


追記

 最後に、人種差別問題を学び、人種差別をなくすための活動に取り組んでいる者の一人として、今回おきてしまった障がい者殺傷事件に対し悔恨の念にたえません。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、すべての被害者の方の一刻も早いご回復を心からお祈り申し上げます。

 
posted by 反レイシズム情報センター(ARIC) at 13:42| Comment(0) | 活動報告
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